【防災格言①】「津波てんでんこ」とは?意味・由来と東日本大震災から学ぶ防災格言|防災ラボる

津波てんでんことは?意味・由来と東日本大震災から学ぶ防災格言|防災ラボる 津波
津波てんでんこ-防災の教え

防災ラボる「知備即行」――知ったら、備えて、行動する

防災ラボるでは、

「知備即行(ちびそっこう)」

という言葉を大切にしています。

これは防災ラボるが掲げる四文字の言葉です。

知る。
備える。
そして、すぐ行動する。

災害についてどれだけ詳しくなっても、
実際の備えや避難につながらなければ、
命を守れないことがあります。

ところが日本には、昔から災害を経験した人々が、
その教訓を短い言葉として後世へ残してきました。

それが、今回から取り上げる「防災格言」です。

第1回は、

「津波てんでんこ」

という言葉を取り上げます。

この短い言葉の背景には、
津波と何度も向き合ってきた三陸の歴史があります。

そして2011年3月11日。

東日本大震災によって、
この言葉が持つ意味を改めて全国が知ることになりました。


「津波てんでんこ」とは?

「津波てんでんこ」は三陸地方に伝わる言葉です。

国土交通省の防災教材では、
津波が来たら親や子どものことを心配してその場にとどまるのではなく、
それぞれがまず避難するという趣旨の言葉として紹介されています。

ここだけ読むと、

「津波が来たら家族を置いて、自分だけ逃げる」

という冷たい意味に聞こえるかもしれません。

しかし、それだけで理解してしまうと、
この言葉の重要な部分を見落としてしまいます。


「家族を助けない」という意味ではない

例えば大地震が起きたとき、

「学校にいる子どもを迎えに行かなければ」

「家にいる親を助けに戻らなければ」

と考えることがあります。

その気持ちは当然でしょう。

しかし津波は待ってくれません。

迎えに戻ることで、自分自身が津波に巻き込まれる可能性があります。

さらに、子どもはすでに学校から高台へ避難しているかもしれません。

家族全員が、

「あの人はちゃんと避難しているはずだ」

と信じ、それぞれがすぐ避難できる。

そのためには、
災害が起きる前から家族で避難場所や待ち合わせについて
話し合っておく必要があります。

岩手県の震災アーカイブによれば、
震災前の釜石では子どもたちが避難所マップづくりや訓練を行うだけでなく、
「てんでんこ」に避難できるよう、
避難場所や待ち合わせ場所について家族と話し合っていました。

つまり、

「その場で家族を見捨てる」のではなく、
「家族全員が自分で逃げられるよう、平常時から備えておく」

というところまで考えてこそ、現代の防災につながります。


誰が「津波てんでんこ」を作ったのか?

ここは防災格言シリーズで特に大切にしたい部分です。

「津波てんでんこ」は、
特定の一人が考案した言葉として単純に紹介できるものではありません。

三陸地方で伝えられてきた言葉です。

津波研究・伝承に取り組んだ山下文男氏は
著書『津波てんでんこ』などを通して、
この言葉や三陸の津波教訓を広く伝えました。

岩手大学の災害文化研究会も、
「津波てんでんこ」を三陸沿岸に伝わってきた言葉として扱いながら、
山下氏による解釈を含めて、その意味について議論しています。

したがって、防災ラボるでは、

作者:特定の個人ではなく、三陸地方に伝承されてきた言葉

伝承・普及に関わった人物の一人:山下文男氏

というように区別して紹介するのが適切でしょう。

「誰が言ったか分からないから価値がない」のではありません。

むしろ、

何度も津波を経験してきた地域社会が、次の世代へ命を守る知恵を残した

こと自体に意味があります。


2011年3月11日、東日本大震災が発生

2011年3月11日14時46分。

三陸沖を震源とする巨大地震が発生しました。

マグニチュードは9.0。

釜石市の検証資料によれば、
青森県から千葉県にかけての太平洋沿岸に巨大津波が襲来し、
東日本大震災では死者・行方不明者が約1万9千人に達しました。

岩手県釜石市も甚大な被害を受けました。

市の資料では、人口39,996人に対して、死者888人、
行方不明者152人という記録が示されています。

「津波てんでんこ」という言葉を紹介するとき、
この被害の大きさを忘れてはいけません。


釜石の子どもたちは避難した

その釜石で、以前から津波防災教育を受けていた子どもたちがいました。

釜石東中学校と鵜住居小学校では、
大きな地震の後、児童・生徒たちが避難を開始しました。

しかも、

最初に避難した場所で終わりではありませんでした。

避難場所の周辺状況などから危険を判断し、
さらに高い場所へ移動。

巨大な津波が迫ってくるのを見て、
さらに高台へ避難しました。

岩手県の震災アーカイブでは、
こうした防災教育と訓練の積み重ねが
児童・生徒の命を守ったとしています。

また釜石市の証言記録では、
市内小中学生2,926人の生存率が99.8%だったと記録されています。

ただし、この数字だけを取り上げて
「奇跡だった」で終わらせるべきではないでしょう。

そこに至るまでには、

防災教育があり、
避難訓練があり、
地域での備えがあり、
そして地震発生後の行動がありました。


「知っていた」だけでは助からない

ここに、防災ラボるが掲げる「知備即行」との共通点があります。

津波が危険だと、

知る。

避難場所を確認し、家族で話し合い、訓練する。

備える。

大きな地震が発生したら、高い場所へ避難する。

即行する。

つまり、

知 → 備 → 即行

です。

防災知識は、クイズに正解するための知識ではありません。

いざというとき、自分の体を動かすための知識です。


ハザードマップを見ただけで終わっていませんか?

これは津波だけの話ではありません。

自宅が洪水浸水想定区域にある。

土砂災害警戒区域に入っている。

近くに津波の危険がある。

ここまで知っていても、

「避難場所を知らない」

「避難経路を歩いたことがない」

「家族との連絡方法を決めていない」

「非常持出品を用意していない」

のであれば、まだ「知」から「備」へ進んでいません。

さらに、警報や避難情報が出ても、

「まだ大丈夫だろう」

「周りも逃げていないから」

と動かなければ、「即行」につながりません。

防災ラボるが伝えたい「知備即行」は、まさにこの部分です。


「津波てんでんこ」を今の家庭で実践するなら

難しいことから始める必要はありません。

今日、家族で話してみてください。

「大きな地震が起きて津波の危険があったら、どこへ逃げる?」

学校にいる子ども。

職場にいる夫や妻。

自宅にいる高齢の家族。

全員が別々の場所にいるときに災害が発生する可能性があります。

そのとき、

「家に集合しよう」

では危険な場合があります。

災害の種類と地域のリスクに合わせ、

それぞれがどこへ避難するのか。

連絡できなかったらどうするのか。

いつまで戻らないのか。

平常時に決めておく。

それこそが現代の「てんでんこ」を実践する一つの方法です。


釜石には現在も教訓が残されている

釜石市は2019年、「釜石市防災市民憲章」を制定しました。

そこには、

備える・逃げる・戻らない・語り継ぐ

という考え方が掲げられています。

災害を経験した世代だけが覚えていても、
いつか記憶は薄れていきます。

だから、

語り継ぐ。

これは防災にとって非常に重要な行動です。


防災格言は「昔の言葉」ではない

「津波てんでんこ」は、
昔の人が残した面白い言葉として読むものではありません。

その背景には、

実際の災害があります。

失われた命があります。


生き残った人の経験があります。

そして、

「次に同じ災害が来たとき、一人でも多く生きてほしい」

という思いがあります。

だから防災格言を知ったら、

「へえ、そうなんだ」

で終わらせないでください。

自分だったらどうするかを考える。

家族と話す。

避難場所を確認する。

実際に避難経路を歩いてみる。

それが、防災ラボるの考える

「知備即行」

です。

知った。

では、何を備える?


そして、いつ行動する?

その答えを「今」決めてみてください。

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