「此処より下に家を建てるな」
とても短い言葉です。
しかし、この言葉の後ろには、
二度の大津波によって集落が壊滅した歴史があります。
そして約80年後の東日本大震災では、
この教訓を守り、
高い場所に暮らしていた集落の住宅が津波被害を免れました。
内閣府も、この事例を
「災害の記憶を伝える自然災害伝承碑」の代表例として紹介しています。
ただ、「此処より下に家を建てるな」という言葉を、
「津波が来る海沿いだけの昔話」
として読んでしまってよいのでしょうか。
2026年にも、
千葉県などで大雨による浸水被害が発生しています。
さらに9月には台風による大雨で関東などに被害が広がり、
千葉県や神奈川県では人的被害も報じられました。
津波と大雨では、災害が発生する仕組みは違います。
それでも、
「災害が起きてから逃げるだけではなく、
そもそも災害リスクの高い場所で暮らすことについて考える」
という教訓には、現代にも通じるものがあります。
「防災ラボる」の理念である、
知る。備える。そして、すぐ行動する。――知備即行(ちびそっこう)
という視点から、この石碑が現代の私たちに何を伝えているのか考えてみます。
「此処より下に家を建てるな」はどこにある?
この言葉が刻まれているのは、
岩手県宮古市重茂の姉吉地区にある「大津浪記念碑」です。
国土地理院によると、碑には、
「高き住居は児孫の和楽、想へ惨禍の大津浪、此処より下に家を建てるな」
という教訓が刻まれています。
現代の言葉で考えれば、
「高い場所に住むことは、子や孫の安心につながる。
大津波の惨禍を忘れるな。そして、
この場所より下に家を建ててはいけない」
という、未来の世代に向けた警告と読むことができます。
単なる記念碑ではありません。
「次に家を建てる場所」を指定するほど具体的な防災メッセージなのです。
なぜ、これほど強い言葉が残されたのか
理由は、姉吉地区が一度ではなく、
二度の大津波を経験したからです。
国土地理院によれば、
1896年の明治三陸地震津波では生存者2人、1
933年の昭和三陸地震津波では生存者4人で、
いずれも集落は全滅したと伝えられています。
明治三陸地震津波のあと、
高地へ移転した地域があった一方、
年月が経つにつれて災害への危機意識が薄れ、
漁業など生活上の便利さを求めて低地へ戻る動きもありました。
そして、再び1933年の昭和三陸地震津波が襲いました。
国土交通省も、明治三陸地震後に現地で再建した人や、
高地移転後に低地へ戻った人などが
昭和三陸地震津波で被災したことを紹介しています。
ここに、この格言の非常に重要な意味があります。
災害の記憶は、時間とともに薄れていく。
「昔は津波が来たらしい」
「でも最近は来ていない」
「ここに住んで何十年も大丈夫だった」
そうして利便性が優先されるようになると、
再び危険な場所へ生活圏が広がっていくことがあります。
だからこそ、後世の人が忘れないよう、
「此処より下に家を建てるな」
という、誰にでも分かる言葉が石に刻まれたのでしょう。
約80年後、東日本大震災が発生した
2011年3月11日。
東日本大震災による巨大津波が三陸沿岸を襲いました。
姉吉地区でも津波は押し寄せ、
内閣府によると遡上高は38.9mを記録しました。
しかし、津波は「大津浪記念碑」の手前で止まりました。
住民は碑の教えを守って高台に住居を構えていたため、
高台の集落は津波による住宅被害を受けませんでした。
石碑が津波を止めたわけではありません。
石碑に残された教訓を、人が行動に変えていた。
ここが重要です。
格言を知っているだけでは、家は守れません。
教訓をもとに、
「ここより低い場所には家を建てない」
という選択を何世代にもわたって続けたことに意味があります。
この言葉は「津波だけ」の教訓なのか?
ここからが、「防災ラボる」で特に考えたいところです。
「此処より下に家を建てるな」は、
当然ながら三陸地方の津波災害から生まれた言葉です。
そのため、
これをそのまま全国の洪水や内水氾濫に当てはめることはできません。
しかし、
「過去の災害から土地の危険性を知り、次の災害が来る前に住む場所を考える」
という考え方は、洪水、内水氾濫、高潮、土砂災害などにも応用できます。
国のハザードマップポータルサイトでも、
洪水・内水、土砂災害、高潮、津波など、
複数の災害リスクを確認できます。
つまり現代では、石碑だけではなく、
ハザードマップそのものが、
未来へ向けた「ここは危険かもしれない」というメッセージ
になっているとも考えられます。
2026年、大雨による災害は再び住宅地を襲った
2026年にも大雨による被害が相次いでいます。
国土交通省は「令和8年8月千葉豪雨」について
継続的に被害状況を公表しました。
また9月には、
台風第24号と前線による大雨についても災害情報がまとめられています。
さらに9月下旬の台風による豪雨では、
千葉県や神奈川県などで浸水や土砂災害が発生し、
死者や行方不明者も報じられました。
住宅が水につかる。
車が水につかる。
道路が冠水する。
土砂が住宅へ流れ込む。
そして、命まで失われることがある。
こうした映像を見るたびに考えさせられます。
「もし、あと2m、3m高い場所だったら」
今回の記事で伝えたいのが、この視点です。
浸水した住宅を見れば、
「もし、この家が今より2m、3m高い土地に建っていたら……」
と思うことがあります。
もちろん、これは単純な話ではありません。
「2m高ければ必ず安全」
「3m高ければ浸水しない」
という意味ではありません。
洪水時の浸水深は場所や想定する降雨によって異なり、
土砂災害、高潮、津波などでは
「標高が少し高い」だけでは安全を確保できない場合もあります。
洪水浸水想定区域では、
想定最大規模の降雨による区域、想定水深、
浸水継続時間などが公表されています。
だから必要なのは、
「何m高ければ安全か」を一律に決めることではありません。
重要なのは、
「この土地には、どんな災害が起きる可能性があるのか」
を家を建てる前、買う前、借りる前から調べることです。
家の防災性能より先に「土地」を見る
新築住宅を考えると、
耐震等級、断熱性能、太陽光発電、蓄電池、防災備蓄などに目が向きます。
もちろん、どれも重要です。
しかし、洪水や津波、土砂災害を考える場合、
住宅そのものを強くするだけでは解決できないリスクがあります。
そこで家探しの順番を変えてみます。
土地の災害リスクを確認する
↓
周辺の地形を見る
↓
過去の災害を調べる
↓
避難場所・避難経路を見る
↓
そのうえで住宅性能を考える
という順番です。
国の「重ねるハザードマップ」では、
住所から洪水、内水、土砂災害、高潮、津波などのリスクを調べられます。
また土地の特徴や成り立ちなども確認できます。
「今住んでいる家が危険区域だった」ならどうする?
ここで難しい問題があります。
ハザードマップを見て、
「自宅が浸水想定区域に入っていた」
「津波浸水想定区域だった」
と分かっても、すぐ引っ越せる人ばかりではありません。
住宅ローンがあります。
仕事があります。
学校があります。
介護があります。
家族との思い出もあります。
だから、
「危険区域だから今すぐ全員引っ越すべき」
と単純化することはできません。
しかし、
知ったのに何もしない
こととも違います。
たとえば、
■ハザードマップで想定浸水深を確認する。
■避難場所を決める。
■避難経路を実際に歩く。
■車を高い場所へ移動させる場所を考える。
■家族で「いつ逃げるか」を決める。
そして長期的には、
建て替え、
住み替え、
転居を検討するときに、災害リスクの低い場所を候補にする。
これも立派な防災です。
車も「どこに置くか」で被害が変わる
大雨災害では住宅だけでなく、車の被害も大きな問題になります。
車は家とは違い、事前に動かせます。
だから平常時に、
「大雨が予想されたら、どこへ車を移すか」
を決めておくことにも意味があります。
ただし、すでに道路が冠水し始めてから車を移動させるのは危険です。
車を守るために命を危険にさらしてはいけません。
「大雨になったら考える」のではなく、
大雨になる前に行動できるよう、移動先と判断基準を決めておく。
これも「知備即行」です。
災害後ではなく「何も起きていない今」に考える
災害が起きると、多くの人が防災を意識します。
しかし数か月、数年と経つと、少しずつ記憶は薄れていきます。
これは三陸でも起きたことでした。
明治三陸地震津波のあと高地へ移転しても、
年月とともに生活上の便利さを求めて低地へ戻り、
再び昭和三陸地震津波で被害を受けた例があったことを
国土交通省は記録しています。
だからこそ、
災害直後だけ防災を考えるのではなく、何も起きていない日に決断する。
それが大切なのだと思います。
「此処より下に家を建てるな」を現代語にするなら
90年以上前の石碑の言葉を、
そのまま現代のすべての災害へ当てはめる必要はありません。
しかし、その精神を現代に置き換えるなら、
「家を建てる前に、その土地で過去に何が起きたのかを知れ。」
そして、
「未来に何が起こり得るのかを調べてから、住む場所を決めよ。」
という教訓ではないでしょうか。
災害が起きてから、
「ここまで水が来るとは思わなかった」
「昔は大丈夫だった」
「ハザードマップは見たことがなかった」
となる前に調べる。
防災ラボるの「知備即行」で考える
今回の格言は「知備即行」と非常に相性があります。
知る。
自宅や購入予定地をハザードマップで調べる。
過去の浸水や津波、土砂災害を調べる。
土地の標高や地形を知る。
備える。
避難場所、避難経路、車の移動先、
非常用品、家族の連絡方法を決める。
即行。
危険が迫ったら早めに避難する。
そして新築・購入・住み替えの機会が来たら、
災害リスクを住宅選びの条件に入れる。
石碑を見て、
「昔の人は大変だったんだな」
で終わらせない。
教訓を、自分たちの行動へ変える。
それこそが「防災ラボる」が考える防災です。
まとめ|格言は「読むもの」ではなく「行動に変えるもの」
「此処より下に家を建てるな」。
この言葉が残された背景には、
二度の大津波で集落が壊滅した歴史があります。
そして、その教訓を守った姉吉地区では、
東日本大震災の巨大津波でも高台の住宅は被害を免れました。
私たちは石碑と同じ時代には生きていません。
その代わり、現代にはハザードマップがあります。
過去の災害記録があります。
洪水浸水想定区域があります。
そしてスマートフォンからでも、
自宅周辺のリスクを調べられます。
それなのに調べずに家を建ててしまえば、
せっかく先人が残した教訓も、現代の防災情報も生かせません。
「もし、あと2m、3m高い場所だったら」
災害のあとにそう考えるのではなく、
家を建てる前、家を買う前、そして次に住み替える前に考える。
「此処より下に家を建てるな」は、津波から生まれた言葉です。
しかし、その根底にある、
「過去の災害を忘れず、危険を知り、未来の家族のために住む場所を考える」
という教訓は、大雨災害が繰り返される現代にも生かせます。
知るだけで終わらない。備えるだけでも終わらない。知ったら、行動する。
知備即行。
それが、過去の災害で命を失った人たちが残してくれた教訓を、
未来につなげる一つの方法ではないでしょうか。

